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奈良地方裁判所 昭和37年(レ)11号 判決

判   決

奈良県磯城郡田原本町大字唐古八五番地

控訴人

飯田甚太郎

同所九四番地

控訴人

飯田隆徳

同所八五番地

控訴人

松村政一

右三名訴訟代理人弁護士

島秀一

同所五二六番地

被控訴人

松川冨雄

同所八四番地

被控訴人

上島武雄

同所四六四番地

被控訴人

山岡楢次郎

右三名訴訟代理人弁護士

吉村泰蔵

右当事者間の昭和三七年(レ)第一一号土地明渡等請求控訴事件について当裁判所は昭和三八年五月二二日終結した口頭弁論にもとづき次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は「原判決を取消す。被控訴人らの訴を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。本案につき、被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決をもとめ、被控訴人ら代理人は主文同旨の判決をもとめた。

被控訴人ら代理人はその請求原因として、

一、原判決添附物件目録(ここに引用する)記載のため池(その堤とうも含めて以下本件ため池と称する)は、戦後の農地改革によつて国に買収される以前は、登記簿上安井甚太郎ほか一五名の所有名義になつていたものの、実質は右本件ため池を利用する耕作者一同が、久しき以前に右安井甚太郎ほか一五名から買受け、同人ら共有のため池として多年にわたつて利用してきたのであつた。ところが、農地改革によつて本件ため池は昭和二二年一二月二日国に買収され、次いで同二五年三月二日自作農創設特別措置法第一六条、第二九条第二項により、被控訴人松川冨雄、同上島武雄名議に売渡され、同年一二月一二日右両名名義に所有権移転登記手続がなされているけれども、その実質はやはり本件ため池を利用する耕作者である被控訴人、控訴人らを含む合計五一名の共有ため池であり、被控訴人ら三名はその管理人に選出されて現在本件ため池の管理に携つているものである。

二、ところで本件ため池の堤とう部分は相当な巾員を有するため従来より共有者中の二七名が共有物の利用としてそこを適当に区画して耕作し、農作物または柿、桃などの果樹並びに茶などを栽培してきたが、控訴人ら三名も原判決添附物件目録および附属図面記載のように、各部分をそれぞれ耕作し、または竹木を所有してきたのである。

三、ところが、昭和二九年に近畿地方を中心に襲来した豪雨台風は、近畿各地の河川、ため池の決潰をきたして公共の危険を招来したため、奈良県においてもため池の破損、決潰などによる災害を未然に防止するため、県条例第三八号をもつて「ため池の保全に関する条例」を制定し、昭和二九年九月二四日公布したのであるが、右の条例第四条によると、ため池の堤とうに竹木もしくは農作物を植え、または工作物を設置することを禁止している。そして昭和三〇年九月一〇日、奈良県知事は、右条例第七条の規定にもとずき奈良県技師をして本件ため池を検査せしめた結果、同年九月二六日奈良県知事職務代理者の名をもつて、本件ため池の管理者に対し、本件ため池の堤とう上における耕作を中止すること、果樹、茶などを撤去することを同条例第八条にもとづいて勧告してきたのである。そこで控訴人ら三名を除く他の耕作者は、右勧告に従い堤とう上の耕作を中止し、地上の作物を除去したのであるが、控訴人ら三名のみは依然耕作を続け、竹木を所有しているのである。しかし前記奈良県条例制定のいきさつからみても、また鑑定人洞田則久の鑑定の結果によつても、控訴人らの耕作は本件ため池の堤とうの破損、決潰の危険性を伴うものである。よつて被控訴人らは民法第二五二条但書にもとづいて控訴人らに対し、本件ため池の保存行為として控訴人らの右耕作、竹木の所有の廃止をもとめるものである。

四、仮りに本訴請求が、いわゆる共有物の保存行為に該当しないとしても、共有者が共有物を一定の方法で使用収益すること、あるいはその使用状態を解消することはいずれも共有物の管理に関する事項であるから、共有者の持分の価格に従いその過半数をもつて決すべきであり(民法第二五二条本文)、共有物の一部といえども共有持分の過半数の者の意思に反して使用収益することは許されないことである。ところで本件の場合、前記奈良県知事の勧告のあつた後、昭和三一年一月一二日、控訴人ら三名を除く本件ため池の共有者全員は、右勧告の趣旨を了承して、本件ため池堤とう上における耕作および竹木の所有を廃止することを決議し、その趣旨は遅滞なく控訴人らにも通告されたのである。よつて右通告以後の控訴人らの耕作および竹木の所有は不法なものであるから、被控訴人らは共有物である本件ため池の保存行為として右不法な耕作および竹木の所有の廃止をもとめるものである。

と述べ、なお控訴人ら代理人の、本件ため池は大字唐古部落のいわゆる総有に属するものであるとの主張に対してはこれを否認し「本件ため池の権利関係は大字唐古の住民の資格の得喪とは無関係であるのみならず、仮りに総有であつたとしても、前記昭和二二年一二月二日国に買収されたことにより、右関係は消滅したはずであり、その後において本件ため池が部落居住農民に総有的に帰属したと認むべき根拠はまつたくない。」と述べ、

立証(省略)控訴人ら代理人は、まず本案前の抗弁である訴の却下をもとめる理由として、本件ため池は大字唐古部落に総有的に帰属して、その部落構成農民が個別的に使用収益しているものであるから、部落農民全員が訴訟当事者となるか、または権利能力なき社団として大字唐古部落が当事者となるべきものである。しかるに控訴人らに対し本訴請求をなすものは被控訴人ら三名のみであるから、被控訴人らは当事者適格を欠き本件訴は却下せらるべきである、と述べ、本案に対する答弁として、被控訴人らの請求原因事実中本件ため池がもと安井甚太郎ほか一五名の所有名義になつていたが、被控訴人ら主張の日に農地改革によつて国に買収され、同じく被控訴人ら主張の日に被控訴人松川同上島名義に売渡されて所有権移転登記手続がなされたこと、本件ため池の堤とう部分を従来より本件ため池について権利を有する者のうちの二七名が利用していたことおよび控訴人らが現在本件ため池堤とう上の被控訴人ら主張部分を耕作しあるいは竹木を有していることは認めるが、本件ため池が現在大字唐古の耕作者五一名の共有であること、従つて被控訴人らの本訴請求が共有物の保存行為であること、および控訴人らの右耕作竹木の所有が本件ため池堤とうの破損、決潰の危険性を伴うものであるとの点は否認する。本件ため池が安井甚太郎ほか一五名の共有であつた当時から、大字唐古部落がその使用収益権をもつていて(いわゆる準総有)、部落構成農民は慣習により部落の内部規約にもとづいて本件ため池の堤とうを個別的に使用収益することができ、使用収益をなす者は中地預米なるものを右大字に納入していた。そしてこの使用収益権は、唐古部落の部落民としての資格の得喪と運命を共にし、また持分権というものはなく、勿論分割請求権もなかつたのである。そして昭和二三年農地改革によつて本件ため池が実質的には右部落団体に売渡されたので(払下げ代金は唐古水利組合の積立金より支出)大字唐古がその所有権、使用収益権の双方を取得することとなつたが(いわゆる総有に転化)、部落構成農民の堤とう利用形態は何らの変化を受けておらず、総有地の分割的利用形態として唐古居住農民は本件ため池の堤とうを従来通り耕作し、または、竹木を所有してきたものであり、控訴人ら三名も大字唐古の構成員として右個別的使用収益権にもとずいて耕作しているものである。仮りに農地改革後本件ため池が被控訴人ら主張のように控訴人ら五一名の共有になつたとしても、堤とうの利用形態は何ら変化していないのであるから、堤とう部分の利用益権は依然唐古居住農民に総有的に帰属しているのであり、控訴人らの耕作および竹木の所有は何ら不法なものではない。内部的規約を改正してこの個別的使用収益権に変更を加えることは可能であろうが、それは部落構成農民全員の同意を要する事柄であつて、多数決で右個別的収益権に変更を加えることは不可能であると述べ、更に、奈良県が被控訴人ら主張のような条例を制定、公布したことは認めるが、同条例は所有権を不当に制限するものであり、刑罰不遡及の原則に徴しても憲法違反の無効な条例である。同条例が憲法違反であることは大阪高等裁判所(昭和三六年七月一三日言渡の同庁昭和三五年(う)第一九一九号ため池の保全に関する条例違反被告事件)で認められている、と述べ、なお従前控訴人ら代理人が、本件ため池が唐古居住農民の共有であるとする被控訴人ら代理人の主張を認めた部分は、事実に反しかつ控訴人ら代理人の錯誤にもとづくものであつたからこれを取消し、また本件ため池の堤とうにつき仮定的に主張していた、地上権または賃借権の主張は撤回すると述べ、

立証(省略)

理由

最初に控訴人らの本案前の抗弁について判断すべきであるが、右判断は被控訴人の本訴請求の性質についての判断、すなわち本案の判断と一体をなすものであるから、以下双方について判断をすすめることとする。

一、本件ため池の堤とう上に、原判決添附物件目録および附属図面記載のように控訴人ら三名が現在竹木を所有し、農作物を耕作していることは当事者間に争いないが、被控訴人らは本件ため池が、これを利用している五一名の耕作農民の共有に属するものであることを根拠に、共有物の保存行為として控訴人らの耕作、竹木の所有の廃止を請求し、控訴人らは右ため池がいわゆる総有であることを理由にして、その請求を拒むので、まず本件ため池の共同所有形態について判断するに、本件ため池が昭和二二年一二月二日農地改革によつて国に買収され、同二五年三月二日被控訴人である松川冨雄、同上島武雄名義に売渡されたことは当事者間に争いない。そして当審証人(省略)の証言によると現在大字唐古部落は戸数八〇戸ほどで構成されており、本件ため池の権利者以外の約三〇戸の中には農業以外のものもいるが、農業を営んでいるものもいることが認められる(これに反する証拠はない)。これらの事実に同証人の証言によつてその成立を認め得る甲第六号証の一、二を併せ考えてみると、本件ため池は形式的には勿論、実質的にも控訴人らの主張するように大字唐古部落に売渡されたものと認定することはできず、むしろ前掲各証拠のほかに(証拠―省略)を綜合すると、本件ため池は昭和二五年三月二日自作農創設特別措置法第二九条第二項、第一六条の規定によつて形式上被控訴人松川、同上島両名に売渡されたことになつているが、実質的には控訴人、被控訴人らを含む五一名の唐古居住農民が本件ため池の共同所有者となつたものであること、すなわち従前の権利関係はともかくとして前記昭和二五年三月二日以後は右五一名の共有ため池(その堤とう部分を含む)となつたものであると認定するのが相当で、その持分は何等特段の事情の認められない本件では平等と認める。右認定に反する原審証人(省略)の証言はたやすく信用しがたい。もつとも当審における被控訴人松川冨雄本人尋問の結果によると、本件ため池が国より被控訴人松川、同上島名義に売渡された際、その代金は本件ため池の利用者から徴収した水利費の一部をもつて積立てられていた工事準備金のうちより支出されている事実を認めることができるけれども、この一事をもつてしては未だ本件ため池が実質的には唐古部落に売渡されたと認定することは困難であり、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

二、次に控訴人らが現在本件ため池の堤とうを耕作し、或いは竹木を所有しているのは、いかなる権原にもとづくものであるかについて判断するに、本件ため池の堤とうが、旧来よりそのため池について権利を有する者のうちの二七名によつて耕作または竹木の所有がなされてきたものであることは当事者間に争いなく、その利用状態が、本件ため池の前記買収、売渡しの前後を通じてまつたく変化を受けていないことは、被控訴人らにおいて明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。そうすると控訴人ら三名の前記農地改革による買収、売渡以後の本件ため池の堤とうを耕作している権原も一応右買収、売渡以前のそれと同一であると考えなければならない。(証拠―省略)によると、

本件ため池については昔から、現在の共有者五一名の祖先が権利を有しており、その時期は明らかでないがかなり以前に本件ため池の堤とうを耕作することになつて、右権利者の中から希望者二七名の申出があり、堤とうを区画してそれぞれの部分を右二七名が耕作し、または竹木を所有することになつたが、右の耕作者は堤とうの平坦部分すなわち中地を預るという意味で中地預米なるもの(金銭に換算したもの)を納めており、前記国からの売渡後は右の中地預米は、農家の利益代表として大字の区民によつて選ばれた通称支部長に納入していた事実、右中地預米はほぼ畑の賃借料と同額であるか、もしくは若干それより少ない額である事実および右中地預米として納入された金銭は水利費と共に本件ため池の修理、保存のため使用されている事実を認めることができ、前記買収、売渡後も前記県条例が公布されて控訴人ら以外の者が耕作を廃止するに至るまではなお以上のような慣行であつた事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。以上の事実に照らすと、控訴人らを含む二七名の本件ため池堤とうの耕作および竹木の所有は自己以外の権利者から当該部分を賃借していたもの、すなわち賃借権にもとづく利用収益であつたと認定するのが相当である。控訴人ら代理人は総有地の分割的利用形態であると主張するのであるが前認定のように本件ため池は、その堤とう部分も含めて現在すでに共有状態にあるのであるから、右の主張をそのまま採用することはできないのみならず、国による買収、売渡以前において、仮りに本件ため池が大字唐古の総有に属していたとしても唐古の住民がその資格にもとづいて使用収益できる権能とは、本件ため池をため池として利用する権能の域を出なかつたはずであり、堤というとしての本来の作用とはおよそ関係のないその上の耕作権能までが、部落居住民であるが故に認められたとは到底考えられない。ましてその堤とうを耕作していた者はため池の権利者全部ではなく、その一部の二七名だけであつた事実より考えても、ため池の堤とうとしての本来の作用とは直接関係のない附随的な利用権能は、部落団体の新たな決議によつて初めて発生するものと解釈すべきである。

三、(証拠―省略)によると前記奈良県条例が公布され、それにもとづいて奈良県知事より本件ため池堤とうの耕作の禁止および竹木の撤去方の勧告があつた後昭和三一年一月ごろ、本件ため池共有者の総集会において(この集会に控訴人ら三名も出席していたが途中で退場した)、持分は平等である共有者の過半数の賛成により、以後本件ため池の堤とう上の耕作および竹木の所有を廃止することを決議し、その後間もなく当時右ため池の管理人であつた上島多賀治が控訴人ら三名を除くその余の共有者に代り決議に参加しなかつた控訴人ら三名に対し、右決議を伝達している事実を認めることができる。当審における控訴人飯田甚太郎本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用することができず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。ところで共有物を共有者の一部の者が賃借している場合に、その賃貸借契約の解約をなすことは共有物の管理行為(民法二五二条本文)にあたるものと認められるところ、右決議の伝達は要するに前記二七名の堤とう利用者に対する賃貸借契約解約の意思表示と認められるから、その意思表示が控訴人らに到達してから一年を経過することによつて解約はその効力を発生することになる(民法第六一七条第一項第一号、第二項)。結局遅くとも昭和三二年一月末日の経過によつて控訴人ら三名の本件ため池堤とうを利用する権原は消滅に帰したものであるといわなければならない、(ちなみに本件のように、自己の共有物であるため池の堤とうを、いわゆる空閑地利用としてその本来の用法とは別個な耕作の用に供すること、またはその耕作を廃止することは、たといその利用権原がいかように認定されようとも農地法にいわゆる農地として、その権利の設定、消滅につき同法所定の制限に服するものではないと解するので叙上の判断には消長をきたさない。)

そうすると、右賃貸借関係の消滅により、控訴人らは本件堤とうのうち前記占有部分をそれぞれ明渡すべき義務が発生しているのに、依然としてそこに前記認定のように竹木を所有し、耕作を継続することは不法占有者ということになるから、共有者である被控訴人三名が各自又は共同して控訴人らに対し本件のような請求をなすことは共有物に対する保存行為として適法であり、当事者適格に欠くるところはない。

四、以上認定のように本件ため池堤とう上控訴人ら利用部分の竹木農作物収去および耕作継続の禁止をもとめる被控訴人らの控訴人らに対する本訴請求は爾余の争点特に前記奈良県条例が憲法に違反し無効であるか否かについて判断するまでもなく、正当であり、これと同旨に出た原判決は正当であつて、本件控訴は理由がない。よつて民事訴訟法第三八四条により本件控訴を棄却すべく、訴訟費用の負担につき同法第八九条、第九五条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

奈良地方裁判所民事部

裁判長裁判官 大 田 外 一

裁判官 前 田 治一郎

裁判官 高 橋 金次郎

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